大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和61年(ワ)11528号 判決 1990年11月14日

原告

株式会社白兎(旧商号富岳通商株式会社)

右代表者代表取締役

関谷久男

右訴訟代理人弁護士

伊藤卓藏

右訴訟復代理人弁護士

加藤義樹

被告

株式会社加藤製作所

右代表者代表取締役

加藤正雄

右訴訟代理人弁護士

林弘

中野建

松岡隆雄

右訴訟復代理人弁護士

涌井庄太郎

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、金一億円及びこれに対する昭和六一年九月二〇日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一本件は、原告が、被告との間において代理店契約を締結したとし、これに基づいて総額金二億一七三六万三〇〇〇円の代理店報酬の内金一億円を請求したのに対し、被告は原告と代理店契約を締結したことはないとして争っている事案であり、原告が右契約締結事実の立証として、訴外西野信之(以下「西野」という。)が被告を代表して記名押印した代理店契約書を提出しているので、西野の右代表権の有無やその表見代表取締役の責任の成否等が問題となった。

原告が被告を代表するとする西野との間において代理店契約を締結したと主張する昭和四九年五月三一日の時点においては、西野は被告の専務取締役の地位にあったものであり、その後、少なくとも同年一二月二六日から同五四年四月三〇日までの間は同人が被告の代表取締役の地位にあったものであることについては当事者間に争いがない。

二本件の争点は、次のとおりである。

1  代理店契約の有無

原告は、西野が、昭和四九年五月三一日被告のためにする意思で、原告との間において次の内容の代理店契約(以下「本件代理店契約」という。)を締結したと主張し、被告はこれを争う。

(一) 被告は原告に対し、被告の製造するすべての製品の長野県及び新潟県における販売につき総代理店としての販売権を与える。

(二) 原告は、右の指定区域内に原告の特約店を置き、被告製品の円滑な販売を行う。

(三) 原告が指定区域外に被告製品を販売した場合には、被告が直接代金の回収を行い、原告に売上金額の三パーセントを支払う。

(四) 被告が指定区域内に被告製品を販売した場合にも、同様に被告が直接代金の回収を行い、原告に売上金額の三パーセントを支払う。

2  西野の代表権の有無

原告は、右契約締結時に西野が被告を代表する権限を有したと主張し、被告はこれを争う。

3  被告の追認の有無

原告は、仮に本件代理店契約時に西野が被告の代表取締役ではなかったとしても、その後同人は、代表取締役となった後に、右契約の存在を認めた上で、原告の右契約に基づく報酬請求に対して支払い猶予を求める等して黙示的に右契約を追認したと主張し、被告はこれを争う。

4  表見代表取締役責任の成否

原告は、仮に本件代理店契約締結時に西野が被告の代表取締役ではなかったとしても、西野は、右契約の締結に際し、被告の専務取締役の名称を使用したから右契約上の責任を負う旨主張し、被告は、原告が西野に代表権のないことを知っていたか、知らなかったとしてもそのことについて重大な過失があったと主張する。

5  原告の指定区域内での被告による被告製品の販売額

原告は、被告が、昭和五五年一一月から同五九年四月までの間に、原告の前記指定区域内で被告製品を販売することにより、合計金七二億四五四六万四〇〇〇円の売上を上げたと主張し、被告はこれを争う。

第三争点に対する判断

一本件代理店契約の有無

1  原告は、昭和四九年五月三一日被告との間において本件代理店契約を締結した旨主張し、その裏付けとして同日付の、製造元欄に被告の記名及び社判並びに専務取締役西野名義の記名捺印、また販売店欄に富岳通商株式会社(原告の旧商号)取締役社長(当時)中村末一名義の記名捺印の存在する代理店契約書(<証拠>、以下「本件代理店契約書」という。)を提出している。

そして、右契約書中には、原告の右の主張事実を支持するような記載が存するところ、原告代表者は右書証は同日頃自己と西野との間で調印したもので真正に成立したものであるとの趣旨の供述をしている。

しかしながら、以下説示するとおり、西野の契約締結権限の点はこれを暫く措くとしても、原告代表者の右供述部分はにわかに借信できないだけではなく、<証拠>の記載自体からも、また他の証拠を加味して考察しても、右<証拠>の作成名義部分は真正に成立したものと認めることはできず、これを本件認定の証拠資料とすることはできないといわざるをえない。

2  記名捺印についての疑問点

前述したとおり、本件代理店契約書には被告の記名及び社判並びに専務取締役西野名義の記名捺印が存在する。

しかし、右記名判及びその名下の西野の印鑑については、原告の提出した他の<証拠>中にもこれらが押捺されたものが散見されないではないけれども、被告は、これら記名判が被告を代表するものによって使用された事実を否定するところであり、調印から既に一六年余りが経過し西野の所在すら定かでない今日、原告の全立証によっても、当時西野においてこれら記名判及び印鑑を職印として実際に使用していたとの点についての証明はなお十分ではない。仮にそれらが西野によって真実本件代理店契約書に押捺されたものとすれば、同人が真実被告作成名義の文書として、その効果を被告に帰属させる意図で右文書を作成したのであれば、文書作成者が被告の代表権を有することが明らかであるような文言を使用したはずであり、被告会社として意思決定がされているのであれば、代表者印を徴求するについてさしたる障害はないはずである。しかるに西野は自らの記名部分に必ずしも被告を代表するものかどうか明らかでない「専務取締役」の肩書を付しているのであって、その理由は原告によって何ら具体的かつ納得のいくように説明されていないのである。

3  原告代表者の供述の不自然性と本件代理店契約書の効果帰属主体に関する当事者の意思解釈

本件代理店契約書(<証拠>)は、その文面だけからするなら、原告と被告をそれぞれの効果帰属主体と想定して作成されたものと解され、原告代表者もその旨縷々供述する。しかしながら他の証拠等を勘案して検討すると、次に説示するとおり、右供述は内容的にも不自然であり、効果帰属主体も右のとおりであるとは直ちに考えられないのである。

すなわち、まず第一に原告側において、本件代理店契約書の各条項に従い現実に代理店活動をする意思を有していたのかどうかについて検討すると次のとおりである。

一般にいわゆる代理店契約において、メーカーが総代理店に対して一定区域内における当該メーカーの製品の販売権を付与した場合には、総代理店は、メーカーに対して取引数量・価格・荷渡方法・支払条件等を記載した注文書等を交付して製品を仕入れ、右仕入代金の決済として手形を振出す等の方法で支払いをなし、また顧客に対してメーカーの製品を販売し、あるいはメーカーに対して顧客の注文情報を提供する等の実際的活動を行うものであると考えられ、本件代理店契約書にも契約内容として、原告は自己の名において被告の製品を販売しなければならない(第二条)、原告が被告に製品を発注する場合は原告の所定の注文書を被告に交付して行う(第五条)、被告が原告に対して納品した製品の代金の決済は原告が手形を振出して行う(第七条)等と定められている。更に、総代理店は、メーカーからのマージンの支払いを確保し、あるいは後日の紛争を防止するためにも、右のような代理店活動の成果について、これを記録にとどめておくのが普通であると思われる。しかしながら本件で原告は、これらの記録について、当時の書類は散逸してしまったとして提出しないが、原告代表者の供述の趣旨によれば、そもそも当初から原告が現実に代理店活動をし、あるいは本件代理店契約に基づく被告製品の販売、注文書の交付、手形の振出等の取引内容についての証拠書類を作成したことはなかったのではないかと疑われるのである。

右のような書類が提出できない理由について、原告代表者は、西野との間では被告製品の販売等に関する情報だけを提出すればよいとの約束であったからであるというのであるが、仮にそうであったとしても、原告代表者は、同時に原告が現実に被告製品の販売活動を行い、更に直接販売契約まで成立させたことも相当回数あったとし、具体的な販売先まで詳細に指摘し(<証拠略>)、他方原告は本件代理店契約締結直後より被告からマージンの支払いを全く受けていなかったと供述しているのであるから、自らの代理店活動に関する記録を保存しておく必要性は一段と強かったはずである。また、原告代表者は、西野が原告に対するマージンの支払いを保証するために額面、満期日等白地の約束手形(<書証番号略>)を振出交付していたので安心していた旨供述するが、右手形は銀行取引において用いられる統一手形用紙ではなく被告の社用箋とみられる用紙を利用して作成されたものであり、振出人名義すら曖昧模糊としたものといわざるをえず、一方原告代表者は訴外長野信用金庫に九年余り勤務した経験を有し、商取引及び手形取引の実際にも習熟していたものとみられ(<証拠略>)、しかも、西野は右約束手形交付時に会社の経理は別であるから統一手形用紙で振出すことはできないと述べていたと供述しているのであるから、これらの事情を併せ考慮すれば、西野の言を鵜のみにしたかのごとき原告代表者の右供述は商取引を行うもののそれとしては不可解というしかなく信用できない。

更に、原告代表者は、本件代理店契約を締結する前日頃、本件代理店契約書の原案を知り合いから紹介された訴外浦田武知弁護士に念のため見せたところ、同弁護士から、「契約期間が五年間になっているが少し長すぎる。二年間にしてはどうか。」と言われたため、そのように訂正したというのであり(<証拠略>)、このことは原告代表者が本件代理店契約書に単に盲判を押したというのではなく、契約期間の点のみならず他の条項の内容も十分認識したうえで調印に至ったことを推認させるに足るものである。しかるに、他方で原告代表者は本件代理店契約書の自動更新条項(第一〇条)については昭和五七年頃になって初めてこれを知り、それまでは特に意識せず、昭和五四年末まで代理店活動をしたというのであるが(<証拠略>)、その後も本件訴訟の提起直前まで原告から直接被告に対しマージンの請求をしたり、本件代理店契約書について苦情を申し出た形跡はない(原告代表者は昭和五九年六月三日付で訴外大須賀正人、村松隆、師田秀雄の三名に原告会社と本件代理店契約に基づく被告に対する権利を譲渡する旨の譲渡書を作成し(<証拠略>)、昭和六〇年七月になって右譲受人及び原告から相前後して被告に対しマージンの請求がなされている(<証拠略>)。)。

そうすると、以上の諸事情を勘案すれば、本件全証拠によっても原告が、本件代理店契約締結について、同契約の効果を被告に帰属せしめ、自らも本件代理店契約書の各条項に従い現実に代理店活動をする意思を有していたとは到底認められず、かえって当初からそのような意思はなかったのではないかと疑われるのである。

進んで第二に、西野側における契約締結の意思内容はどうであったかについて検討すると、次のとおりである。

まず、本件代理店契約書の内容についてみると、第八条では、原告が指定区域外に販売した場合には被告が直接代金回収を行うものとし、原告に売上金額の三パーセントを支払う事とする、被告が原告の指定区域内に販売した場合も同様に被告が直接代金回収を行い売上金額の三パーセントを原告に支払う事とする旨規定されており、これを文面どおりに読めば、原告が指定区域(原告代表者の供述によれば、長野県と新潟県の二県)内で何らの実際的な代理店活動をしなくとも、被告が同区域内で直接顧客に販売した商品についても、その売上から自動的に原告が高額のマージンを取得できることになり、これは通常考えられない程に一方的に原告側に有利な契約内容というべきである。

このような契約内容を、西野において真実同人個人ではなく被告に帰属させる意思があったとするなら、それなりに現実的かつ合理的な理由があってしかるべきである。

原告代表者は、この点についても縷々述べるけれども(<証拠略>)、それ自体十分納得できる説明となっていないし、原告代表者の供述によっても、同人が経営に関与していた原告と株式会社長野通商は共に昭和五〇年四月頃相前後して手形不渡を出しており、本件代理店契約の締結時点である昭和四九年五月三一日の時点においても、かなり財政的に逼迫していて、被告の代理店とするような適格性が疑わしい状態にあったと窺われるのに、当時どんな利点があって被告がこのような偏頗な契約をわざわざそのような相手方と締結しなければならなかったのか理解に苦しむといわざるをえない。

また、本件代理店契約書の作成経緯をみても、原告代表者は、本件代理店契約書作成時には、被告からその実施細則、顧客との契約書の書式、傘下代理店との代理店契約書の書式等についての資料を受領しておらず、右資料は西野が後日用意すると述べており、後日、原告代表者が西野に原被告間の業務細則、代理店契約やエンド・ユーザーとの契約書のひな型の交付を頼み、原告が販売した機械の修理委託先等を尋ねたところ、西野は、「そのような面倒なことはしなくてよい。君の方で販路を開拓して、買いそうな客があったら、その情報を僕の方に入れて貰えばよい。僕がいないときは、高崎営業所の方に連絡してくれればよいから。」と述べ(<証拠略>)、更に、原告代表者が被告から機械を買ったときの代金の支払方法を尋ねると、「君の方で客に機械を売る場合も、その客の住所・会社名・機種・台数と客の希望価格を、僕か高崎営業所かに連絡してくれればよい、後のことはこちらで全部手続きをするし、売った機械が故障したときも同じようにしてくれ。君の方はマージンさえ払って貰えばいいだろう。」と述べた(<証拠略>)と供述している。また、原告代表者は、本件代理店契約の実施細則(<書証番号略>)が右代理店契約締結後に西野との間で締結されたと供述するが、右細則も単に抽象的な内容を定めるに止まり具体的な代理店契約の実施内容を規定するものとはいえない。

そうすると、右の原告代表者の供述を前提とする限り、西野もまた被告が本件代理店契約書(<書証番号略>)の各条項に従って現実に原告に対し代理店報酬を支払い、あるいは原告が被告の総代理店として右指定区域内で実際に代理店活動をすることを期待していたものとは到底認められない。

かえって、以上検討したところによれば、右契約書に記載されている同契約の効果の一方の帰属主体は、表示内容だけから判断すれば被告ということになるが、原告と西野の双方ともが実際には同社に効果を帰属させる意思であったものではなく、本件代理店契約は原告と西野個人とをそれぞれの効果帰属主体として成立したものではないかと強く疑われるのである。

すなわち、西野が本件代理店契約書(<書証番号略>)を原告代表者に交付した行為は、後記認定の両者間の交渉経緯に照して、虚偽表示や準備行為としてなされたと解する余地はないから、右契約書の文面はできる限りこれを有効なものとして妥当な結果を招来するように解釈するべきである。そして、書面による意思表示は通常、字義どおりに解するのを原則とするが、事情によっては、当該意思表示のされるに至った経緯に照し、別異の解釈をとるべき場合のあるのは当然である。

そこで、次に、右契約の帰属主体として原告と西野との間に意図された対象は何であったか及び両者が本件代理店契約を締結した真の目的はいずれにあったのかについて検討する。

原告代表者は、同人が代表取締役を勤めていた長野通商株式会社が、昭和四七年頃から同四九年頃にかけて、西野の依頼を受けて、被告の香港における中古車センター建設用地の購入費二五〇〇万円の立替払をし、更に西野が被告の東南アジア進出戦略の一環として行ったベトナムからの木材の輸入等の事業についても多額の立替金を支出する等の協力をしており、これらの立替金を原告に回収させることを目的として本件代理店契約が締結されたと供述し、長野通商が西野に対し、右のような相当額の出捐及び協力をしていること及びこれにより長野通商が資金繰りに窮し、財政的に逼迫していたことを窺わせる証拠も存在しないではない(<証拠略>)。

また、原告代表者は、本件代理店契約は、訴外中村末一(以下「中村」という。)が社長を努めていた訴外オリエンタル・デベロップメント・マシーン・カンパニー(以下「オリエンタル」という。)が前記被告の香港における中古車センター建設への協力に対する対価の回収及び中村が被告の中古機械の中国への輸出に協力したことに対する対価として、同人に対し、西野が支払いを約束した約六億円のマージンの未払い分の補填をも目的として締結されたと供述する(<証拠略>)。

右原告代表者の供述と本件代理店契約書及び前記細則の記載内容を併せ考慮すれば、本件代理店契約は、西野が長野通商、オリエンタル及び中村の右出捐ないし協力の対価を回収させるために、主として被告がその製品を原告の販売指定区域内で直接販売した場合のマージンを原告に取得させることを目的としたものであったということになる。

しかし、右出捐ないし協力が直接被告との間の何らかの合意に基づいていたのであれば、被告の経営規模及び資金力からして、原告らは右出捐ないし協力の対価を直接被告に請求してその支払いを受けることによって回収することが十分可能であったはずであり、特にオリエンタルに対しては、被告は、本件代理店契約締結当時、金五八八五万六〇〇〇円もの売掛代金債権を有していたのであるから(<証拠略>)、オリエンタルが被告から前記マージンを回収しようとするのであれば、右売掛代金債権と相殺処理する等のより直截な方法をとることも十分可能だったはずであって、あえて本件代理店契約の締結という迂遠な方法をとる必要性はなかったものと考えられる。したがって、右出捐ないし協力は被告との直接の合意に基づいてなされたものではなく、長野通商、オリエンタルないしは中村と西野個人との間の合意に基づいてなされたものとみられるのである。また、原告代表者は、香港での長野通商の出捐について、西野から、「資金はすぐ出すから。」とたびたび言われ、更に中村から、「加藤製作所から資金が出ることは間違いないから。」、「張信徳に資金を立て替えて貰って土地を買ったが、加藤製作所からまだ金を送ってこない。いずれ加藤製作所から金を送ってくることは間違いないから、長野通商で一時立て替えて張に支払っておいてくれ。」と言われたとしており(<証拠略>)、右原告代表者と西野及び中村のこうしたやり取りの内容からすれば、前記香港での土地購入は、西野がまず個人的に長野通商ないしオリエンタルに依頼し、事後に被告の承認が得られれば被告から支払いを受けうるという目論見の下でなされたものと考えられ、この点からも前記出捐ないし協力は被告との直接の合意に基づいてなされたものではなく、長野通商、オリエンタルないしは中村と西野個人との間での合意によりなされたものと推認される。

そうであるとすれば、その内容を細部まで詳かにする証拠はないけれど、少なくとも本件代理店契約の締結も原告と西野個人との間での原告の出捐ないし協力に対する対価の回収の一方策という意味を持つにすぎないことは明らかであり、正常な代理店取引を前提とするマージンの取得を目的としたものとは到底考えられない。

この点について、原告代表者は、本件代理店契約締結後の昭和四九年秋頃、マージンの支払いの保証のため、西野から額面、満期日等白地の約束手形(<書証番号略>)の交付を受け、更に昭和五二年秋頃までに数回にわたって西野に本件代理店契約に基づくマージンの支払いを請求したが、西野はこれを支払わなかったため、同人に確認のうえ、同年一〇月三一日前記白地手形の額面欄に二億五〇〇〇万円と記載し、これによりマージンの支払いが保証されたから、以後昭和五四年六月まで特にマージンの支払いは請求しなかったと供述する。

しかし、右約束手形は、前記のとおり、銀行取引において用いられる統一手形用紙を使用して作成されたものではなく、金融機関に勤務したこともある原告代表者が、これを被告に呈示すれば支払いを受け得ると真実考えていたものとは思われず、原告代表者には被告に対し真摯にマージンの支払いを請求する意思があったとは認め難い。

更に、右約束手形については、その体裁からして当初から振出日欄に昭和五二年一〇月とタイプされていたと認めざるをえないが、昭和四九年のこの段階で昭和五二年一〇月を振出日とする合理的理由が考えられないこと、昭和六〇年七月九日に原告から被告に送られた書簡には、西野から原告に対し、昭和五四年二月頃、本件代理店契約書第八条に基づくマージンの支払いその他原告側の要望事項があれば、これを承認するので記載してほしいとして、西野の記名捺印のある白紙が渡されたと記載されていること(<証拠略>)、約束手形は譲渡や呈示を予定しているのであるから、他の文書と同一の書面に作成することは通常考えにくいにもかかわらず、右約束手形は本件代理店契約の細則と同一の書面を利用して作成されており、右記名捺印のある白紙を利用してこれを作成したとみれば十分合理的説明がつくこと等の諸事情を総合すれば、右約束手形は、昭和五四年二月以降に作成された可能性すら認められるのであって、右約束手形によりマージンの支払いが保証されたからマージンの請求をしなかった旨の前記原告代表者の供述は採用できず、原告によるマージンの請求が現実になされていたとは到底認めることができない。

以上を要するに、本件代理店契約書(<書証番号略>)自体、前記認定説示のとおり、作成名義等の形式の面でもまた契約内容等の実質の面でも、いずれも一部上場企業たる被告の当時の専務取締役であった西野がその代表者として作成に関与した文書であるとすれば、余りにもあいまいであり不可解極まりないものと評されても致し方なく、さきに認定したところと弁論の全趣旨に徴すれば、西野が右契約書調印の前後被告製造の中古機械の販売等をめぐって全社的合意を経ないで相当強引に被告の海外戦略を展開しようとしていた節も窺えないではなく、また原告代表者の言うままであるかどうかはともかく、西野、原告代表者及び中村の三者の個人的関係においてみる限り、当時原告と中村が、西野のこうした営業戦略の一端をにない、それによって自らも利益をあげようとしたが、結果的にその目論見が外れ、相当の経済的負担を逆に強いられることになったという状況もあったと推察しうるのであって、これら経緯によってみれば西野の行為は商道徳上疑問なしとはしない。

しかしながら、そうであるからといって原告の主張するように本件代理店契約が被告との間に直接成立したと認めることはできず、これまでに述べてきたことを総合しても、当時本件代理店契約書の調印にあたり、原告代表者と西野が内心でそれぞれその内容について実際にいかなる思惑を抱いていたかはなお完全に解明されていないし、その点に関する事の真相が判明しているとはいい難いけれども、当時原告側では本件代理店契約書があくまでも原告代表者と西野との間の個人的な約束事を記載した文書であり、これを対外的に公表し、あるいはこれを直接の根拠として被告に代理店報酬等の金員請求のできないことは了知していたのではないかと強く疑われるのであり、そうであるからこそ、原告は、西野の代表取締役在任期間中(昭和四九年一二月二六日から昭和五四年四月三〇日まで、原告の主張する代理店活動もこの間に集中している。)も表立って被告に右報酬を請求せず、西野の代表取締役退任後も長期間結果的にそのままの状態で放置し、金策に窮した等の理由で、本訴提起の直前になって、当時西野との間で取交わされた前記約束手形等の文書に辻褄を合せ、第三者に被告に対する取立交渉を依頼し、本件代理店契約書の調印後一二年以上を経過した昭和六一年九月九日になってようやく本訴を提起した(本件訴状の受付印によって明らかである。)ものではないかと考えられるのである。

したがって、本件代理店契約書<書証番号略>が真実西野と原告との間で調印されたものとしても、これによって原被告間における本件代理店契約の成立を認めることはできず、これに沿う原告代表者尋問の結果は前記のとおり措信できず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

二よって、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

(裁判長裁判官中込秀樹 裁判官小澤一郎 裁判官笠井之彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例